玉音放送が流れた日

ラジオから以下のアナウンスが入りその後”君が代”が流され玉音が始まりました。

「全国の聴取者の皆様ご起立下さい。 只今より天皇陛下自らによります玉音を行います。」
 玉音放送完全版





f0091252_572127.jpg昭和20(1945)年8月15日の皇居前広場。
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ラジオの前で玉音を聞く国民
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その日の朝、ラジオや新聞では天皇陛下からの重大放送が行われるとの報道が繰り返されていました。以下がその内容↓

(午前7時21分から以下のような放送がされていた)
「つつしんでお伝えいたします。かしこきあたりにおかせられましては、このたび、詔書を渙発あらせられます。 かしこくも天皇陛下におかせられましては、本日正午おんみずからご放送あそばされます。まことに恐れ多ききわみでございます。国民は、一人残らずつつしんで玉音を拝しますように。国民は、一人残らずつつしんで玉音を拝しますように。なお、昼間送電のないf0091252_52832.jpg地方にも、正午の報道の時間には特別に送電いたします。また、官公署・事務所・工場・停車場・郵便局などにおきましては、手持ち受信機をできるだけ活用して、国民もれなく厳粛なる態度でかしこきお言葉を拝し得ますようご手配願います。ありがたき放送は正午でございます。ありがたき放送は正午でございます。なお、きょうの新聞は、都合により午後1時ごろ配達されるところもあります。」前夜の午後9時につづく、二度目の予告放送であった。(引用:日本放送史)
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街頭でラジオを聞き涙ぐむ人々







http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/0815-0815.htm

その日の新聞の朝刊は午後から配達された。
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1945(昭和20)年8月15日付の新聞。玉音放送のあと、多くが午後に配達された朝刊である。(新聞はポツダム宣言受諾を記している)


8月15日、今日はなんの日?
昭和天皇のポツダム宣言受諾の詔勅(玉音)放送がされた日。
http://news.livedoor.com/article/detail/3268813/



1945(昭和20)年8月15日正午にNHK(日本放送協会)のラジオから放送された4分10秒の天皇裕仁(ひろひと=昭和天皇)の終戦詔書(天皇の公文書)の朗読。

玉音(ぎょくおん)とは、神(天皇)の声のこと(その意味は、玉のように清らかな音、または声で、相手の音信を敬っていう語で、「ぎょくいん」ともよむ)。

終戦の詔書自体は、8月14日午後4時からの閣議で決定され(すでにこの日午前11時から始まった御前会議<これが最後の御前会議となった>)で、天皇の「聖断」が下っていた)午後9時30分に天皇が署名、8月14日付で発布された。

天皇が自ら詔書をレコードに録音し、それをラジオで国民に放送するという発想は、情報局総裁下村宏が8月8日に天皇に直接進言したものであるといわれている。f0091252_48984.jpg

記録によると、「天皇は、14日午後11時20分(当初の予定は午後6時頃であったが、終戦の詔書作成に際して修正が40箇所を超えため、予定より大幅に遅れ、午後7時を過ぎ、すべての閣僚の署名が終わったのは午後10時を過ぎる)、皇居の宮内省内廷庁舎2階政務室で情報局総裁、石渡荘太郎宮相、大橋八郎NHK会長らの立ち合いのもとで、戸田康英侍従がテストをしたあと、録音開始、一度やり直して、11時50分に終了した」、となっている。

録音レコードは2組(1組2枚)作られ、侍従室内皇后官職事務官室の軽金庫に保管された。この後、一時クーデター派(8・15クーデター)によって皇居が占拠されたが、レコードは無事だった。

8月15日午前7時21分よりNHKラジオは、この日正午(最も視聴率が高い時間帯)から「天皇陛下御自らの重大放送」がある旨のニュースを流し始めた。f0091252_424537.jpg


新聞は、特報(号外)を出して予告した。


宮城事件

宮城事件(きゅうじょうじけん)とは1945年(昭和20年)8月14日深夜から15日にかけて、一部の陸軍省幕僚と近衛師団参謀が中心となり起こしたクーデター未遂事件。日本の降伏を阻止しようと目論んだ将校達は近衛第一師団長森赳中将を殺害、師団長命令を偽造し近衛歩兵第二連隊を用いて宮城を占拠、更に当時昭和天皇の居住していた御文庫を包囲した。しかし陸軍首脳部及び東部軍の説得に失敗した将校達は自決あるいは降伏し、日本の降伏表明は当初の計画通り行われた。



玉 音 放 送
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/gyokuonnhousou.htm
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%89%E9%9F%B3%E6%94%BE%E9%80%81


玉音放送録音の体験語る 仙台市の元NHK職員
第2次大戦終戦時の昭和天皇による玉音放送の録音に携わった、日本放送協会(NHK)元職員玉虫一雄さん(85)=仙台市=が4日、同市内で講演し、録音時の体験談を語った。f0091252_4341688.jpg

 玉虫さんは当時23歳でNHKの技術局に所属していた。終戦前日の昼すぎに宮内省(現宮内庁)への出頭命令があり、職員8人で出向いた。玉虫さんは「出頭命令が出た時、皆どういう意味かは分かっていた」と回想する。

 ポツダム宣言受諾の昭和天皇の詔勅の録音は深夜に行われた。当時の様子について玉虫さんは「宮内省で見た陛下は軍服姿」「収録した音は雑音が多く、陛下の言葉も分かりにくかった」と断片的な記憶をたぐり寄せながら語った。

 録音を終えて帰る時、録音したレコード盤を捜す反乱軍兵士に一時監禁されるなど身の危険を感じる体験もしたという。
(8月4日18時39分)
山陽新聞
http://www.sanyo.oni.co.jp/newsk/2007/08/04/20070804010004101.html







玉音放送を妨害するクーデターにリアルで巻き込まれた人がまだ生存していらっしゃったんだ。

まだまだ戦後なんだ。



今日のところはこのへんで失礼します。何とも言えない玉音放送。



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by youmenipip | 2007-08-15 05:31 | 天皇
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