鬼畜米英以上に鬼畜

鬼畜米英以上に鬼畜 それがオランダ

オランダの日本軍慰安婦謝罪決議に対してオランダ大使館抗議街宣
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過酷な人種差別の実態[オランダ人の場合]
英国人と共に有色人種蔑視の傾向が特に強いオランダ人によって、四百年近くも続いたジャワ(インドネシア)の植民地支配は過酷なもので、現地人( インドネシア人 )は家畜よりもひどく扱われてきました。オランダの植民省が懸命にその公表を阻止しようとした「検察官 レムレフ の報告書」によれば、スマトラ島の タバコ農場では、

オランダ人は現地人を米国の黒人奴隷と同じか、それ以下に扱い 「 ムチ打ち、平手打ち 」 は当たり前だった。また現地人労働者の生命は軽視され、ごく簡単に殴り殺された。スマトラ島の農場では意図的に米を栽培せず、
ビルマ・タイからの輸入米に頼っていたので、島民は米が手に入らず、生きてゆくためには労働者として オランダ人の農場で働くしか方法がなかった。

刑務所で過酷な労役を課せられていた囚人が、元の オランダ人の農場よりも食事の質が良いからと、刑期を終えても出所を拒んだ例もあった。

と報告書にありました。近親者の葬儀でも作業を休むことは許されず、病気になると農場内の鉄格子のはまった病棟に入れられましたが、抜き打ち検査で係官が目にしたその光景とは、

鉄格子から鼻をつく悪臭が外に漂い、数平方 メートルの空間に、男二人、女八人、それから二十四時間前に死んだ死体が 一つ臥していた。飲み水も便所もなく、排泄物は土を掻き寄せて排泄物にかけて、壁の隙間から外に押し出すだけだった。飲み水が欲しい場合には外を通りかかる労働者に頼み、一日一回支給される食物を、水と交換しては手に入れていた。

病気を治す為の病棟どころか逆に、病気になった際の休養や、怠業(?)をさせない為の「みせしめ」としての懲罰小屋というのがその実態でしたが、現地人が虐待により死亡した場合でも、オランダ人農場主の責任が問われることはありませんでした。
太平洋戦争の際にジャワ( インドネシア )占領に参加した近衛連隊の総山 ( ふさやま )孝雄氏の記述によれば、
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オランダ人は高床の家に住み、現地人は土間に寝た。オランダ人は「より取りみどり」で現地の女性を現地妻としたが、オランダ人から夜に呼ばれ相手をさせられる場合に限り、現地妻は床上に寝るのが許された。
オランダ人は統治戦略上、混血の子供には オランダ国籍を与えたので、母親は裏の土間で寝たが、子供は床上に起居して自分の母親を下女のように叱りながら、こき使っていた。

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[オランダの植民地統治方法]
原住民を 文盲のまま放置し、土豪 ( どごう、その土地の有力者 )を使用して間接統治をした。

キリスト教に改宗した者は、優遇して警察官や軍人に登用した。

オランダ人と インドネシア人との混血を中間階級として使用し、民族の分断を図った。

社会の流通経済は中国人の華僑にやらせ、経済搾取による インドネシア人の憎悪の対象を華僑に身代わりさせた。

一切の集会や団体行動を禁止した。

全国各地で使用されていた三百二十もの部族言語をそのまま使用させ、言語の共通化、標準言語の採用を禁止した。

参考 太平洋戦争の要因
http://homepage3.nifty.com/yoshihito/genin-2.htm



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そのような、人種差別の酷い国が日本軍にインドネシアから叩き出された訳だから、その報復軍事裁判は悲惨を極めた!


戦後のインドネシアで行われたオランダ軍の日本兵への軍事裁判では 「オランダ軍は日本とは九日間しか戦っていないのに 判明しているだけで戦勝国中最も多い236人の日本将兵を死刑に処したのである。」しかも、そのほとんどがいわれの無い罪での冤罪。小林よしのり(よしりん)風に言うとドイツのゲシュタポの秘密裁判と同じ。初めから処刑にするつもりで裁判を行い証拠があろうが無かろうが死刑判決が出て即座に処刑する。

白人は戦前、当時奴隷のインドネシア人が病気になっただけで仮病を使われないようにと見せしめに劣悪な環境に放り込んだり、労働者をごく簡単に殴り殺したりしていただけあって、日本兵への処刑は単なる処刑とは異なりリンチ虐殺レベルで、

以下 靖国論より引用



岩川隆著「孤独の土となるとも」に収録された証言ではティモール島の西端クーパンの収容所では次のように書かれている・・・

収容所はサンゴ礁の上にあった。

「お前達の墓を掘れ!」と言われて大きなハンマーとツルハシで作業させられたが、太陽に照らされてフラフラになり倒れそうになるといきなりボクシングのサンドバックと同じように殴打される。失神するとテントまで引きずって行って水をかけ気が付くとまた彫らされた。一日に失神すること三回。サンゴ礁の上を引きずられたときの背中の傷が痛み夜は寝ることができなくなるのだ。 

大きい石を意味も無く動かすように命じられ、運んでいると殴ったり足をかけたりして倒す。

食事は乾パンにコーヒーだけ。あるいは少量の水とビスケットだけである。

一週間もすると皆殴打のために 顔はふくれ体はむくんだ。私は睾丸が大きく晴れ上がった。

取調べを受けた者が部屋から出て来た時には死体になっていたことがあった。体には多数の皮下出血がありあきらかに虐待致死だったが その取調官が裁かれる事はなく 虐待されている日本人捕虜達が身に覚えの無い「捕虜虐待」の容疑を掛けられ次々処刑されていった。






これが白人の本性と思って良いのでは無いか?!今も!





わたしは「今度は完膚なきまでに報復するべきだと思う。」
                                                           
                                byよーめん

(カナダ大使館への抗議模様は明日 完璧な動画と一緒に紹介する為に同士らが編集作業に奮闘中!カメラが増えたそうな?!)




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次回の抗議活動紹介


<シナ・中共の工作員・スパイ朱建栄に警告する!反日世論操作・破壊工作を止め直ちにシナ大陸へ帰れ!!>

朱建栄(東洋学園大学教授)、それは「日本華人教授会議」の会長を務めシナ・中共政府の代弁者としてNHK、朝日新聞に登場しては我が国を悪し様に罵る反日の権化である。「日本華人教授会議」は対日工作機関である中国社会科学院の統率下にある下部組織。バウネット・ジャパンや「子どもと教科書ネット21」と連携して南京大虐殺、慰安婦強制連行を我が国において世論工作する機関である。 彼らは10数年までは、日本社会と教育機関に「浸透」するレベルであったが、今や主要機関に地位を占め日本国民を「指導」するまでとなっている。その朱建栄が、柏市から年間780万円の補助金を受けている「柏市国際交流協会」主催の講演会をする。納税者として、反日現行犯の講演会に我々の税金が投入されるなど、到底許すことは出来ない。朱建栄が講師として不適格であると訴えると共に、講演会で彼の反日・偽善を質問攻めにし、その正体を暴こう。
<『語る』運動から『行動する』運動へ>
日時:平成19年12月15日(土)、午後5時集合 場所:柏中央公民館(JR柏駅東口徒歩8分) 【呼び掛け】主権回復を目指す会連絡・西村(090-2756-8794)



↑これたくさんの人数がいないと・・・・・




念の為 今一度 皆に知らせよう!
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参考

せと弘幸Blog『日本よ何処へ』
主権回復を目指す会
河野談話の白紙撤回を求める市民の会(署名サイト)
今、改めて問う”河野談話”とは何か?(よーめんのブログ)
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by youmenipip | 2007-12-14 01:08 | 河野談話撤回署名
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