2013年 12月 17日 ( 1 )

拉致され6 警視庁から呼び出しを受ける

拉致され6 警視庁から呼び出しを受ける

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ところで私なのですが、先週、警視庁拉致問題担当部署から”聞きたい事がある”と呼び出し受け行って来ました(笑) ”時”はまさに「北朝鮮人権侵害問題啓発週間(12/10~16)」だったのです。拉致問題の担当部署とは警視庁公安 外事第二課という部署が担当でいつもの公安の方々とは顔ぶれがまったく異なり緊張しました。自分が呼び出された理由はもちろん捜査協力であの事件の状況を詳しく調査したいとのことでしたので喜んで行って来ました。

警察が自分に一番聞きたいことは、拉致された状況と招待所の状況、招待所の責任者や職員の名前や特徴、ハングル語担当者等の講師陣の名前や特徴、そして生存拉致被害者の状況です。(日本人拉致被害者の人数は自分が聞いた範囲ではここにいるだけでも50人以上いるということでした。また、既に第二世代第三世代と家族が増えているとのことです。)かなり多くの日本人関係者と日本の社民党・民主党議員の北朝鮮に魂を売り工作員化したのがかなりいるというのです。

また当ブログのあの内用の何処から何処までが実話で何処からが”物語り”かを明確に知りたいとのことです。読者の皆様もあのよーめんが体験したという事件の何処から何処までが実話で何処からがフィクションかを知りたいと思うのですが読者の皆様方には残念ですが公開しません。謎であることが敵への最大の武器であることを知っている自分は謎だらけの方が都合が良いのです。そしてせっかく書くなら最後にSFノンフィクションみたいな小説にして売れるようにしたいので途中休憩があっても連載を続けるつもりです。

そんなことで捜査室ではたくさんの工作員の顔写真を見せられました。「この男はいなかったか?この女はいたか?」日本の社民党、民主党議員全員の顔写真やアントニオ猪木氏の顔写真等も見せられ「施設に出入りしていなかったか?」と。
朝鮮人の顔はご存知のように全員がのっぺりと角張ったモンゴル顔で目付きが悪く細く切れ上がっているので全部同じ顔になって見えました。そうそうグリコ森永事件で後半にキツネ目の男の似顔絵が出ましたがあの顔です。(笑)自分にハングルを教えていた元日本人拉致被害者の娘という女性を表す為に似顔絵を書く”名人”が現れ特徴を言って1時間くらいで簡単な顔が書けました。

それがこんな感じ↓
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メーテルとソックリです(苦笑)これがおいでなさっては叶わない。また昔見た自分の母親の若い頃だという写真の母親の顔にもソックリです。これ冗談でも笑いを取ろうというわけでも無いのです。よーめんを調べ上げた結果これをあてがうのがベストとしてこの手を使うわけです。異国の地でガタガタの精神状態になったところで自分の弱い所を突くのです。精神面に来ますなこりゃ。さすがは自称世界最高水準の諜報力。恐るべしは国全体が工作機関の北朝鮮。なかなかのものです。

そんなこんなで、捜査協力として施設全体の見取り図や各部屋の見取り図を書きました。絶対近寄ってはいけないという○○区域の場所計三箇所。近寄ってはいけないという怪しい部屋と倉庫8ヶ所。捜査最後には警察の拉致担当者からぜひ自分に会って欲しい人がいると言われ会いましたらとんでもな大物が現れましたがここでは言えません。


さて前回の続き行きましょう。
 前回↓わたし拉致され5 どす黒い濁流の中へ
 http://youmenipip.exblog.jp/21047989/



前回では北朝鮮招待所のベットで悪夢にうなされ飛び起きた時の事を書いたわけですが。自分はそのベットの上でこれまで体験したいろいろな事を思い出していました。

自分が一番初めに自家用車で拉致されてから今日に至るまで半潜水艇での移動を一日としても4日は経っているはず。そして一番気になっているのが、同時に拉致された仲間の安否です。敵の倉庫からワゴン車で脱出した時にタイヤを撃たれ路肩の溝に落っこちて自分を含め日極会隊員4人全員拉致されたはずです。自分以外の3人はどうなったのだろうか?という事です。袋叩きにされ何処かに捨てられたのか?犯人グループの一台の車は我々が逃走の際に配車にしましたその時に我々をさらった朝鮮ヤクザ最低三人を始末しました。その報復に消されたとも考えられるのです。ただそうであれば自分も消されても不思議では無い。

それら情報の聞き出しは細心の注意を払ってここの講師や職員と接触せねばならないのです。

そうこうしていると朝食の準備が出来たと電話が入りました。この電話は外部とは繋がっておらずもっぱら施設の要所要所を繋ぐインターフォンとして使っていました。食いたくは無いが情報収集しここから脱出する為にも強く生きなければなりません。

朝食では相変わらず食えない物が並んでいるのですが日本人に配慮してか生卵と焼き海苔がありました。”腹が減ってはいくさが出来ぬ”として食いました。

朝はさすがに”病身舞踊り”は無いようです。ほっとするのもつかの間、所長がやって来て自分の前で、きりっと背を伸ばし、きおつけーの姿勢で「貴殿はこれより”我が同士故金正日主席”の命により朝鮮人化教育を行う」と、悪夢のようなセリフを大きな声で吐いたのです。自分は一瞬くら~、、と目眩を感じ食べた物を全部吐き出しそうになりながらかろうじて後ろに倒れるのを防いでいました。

その後、自分はまるで死刑台に連行される死刑囚のような状態で教室に連れていかれる訳ですがその教室で待っていたのは先にお話したメーテルのような美しい女性が居たというシチュエーションです。


次回に続く



次書くエネルギー源をくだせえー

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これまでの流れ↓

わたし拉致されました1
http://youmenipip.exblog.jp/20851919/
わたし拉致されました2 日本の”日の出”を見る為に
http://youmenipip.exblog.jp/20875122/
拉致されて3 病室での出来事
http://youmenipip.exblog.jp/20896793/
拉致されて4 北朝鮮招待所
http://youmenipip.exblog.jp/20981539/
わたし拉致され5 どす黒い濁流の中へ
http://youmenipip.exblog.jp/21047989/






性懲りも無くコメント欄にブサヨや工作員、アンチよーめんがまたゾロ沸いているのですが最近は承認制の壁に阻まれ表に出れないのがなんともブザマ(笑)

いつか特集してやっからさあ それまで積み上げておけやブタがあ↓

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by youmenipip | 2013-12-17 00:30